歴史記述の歴史性
「歴史の書き方について」
(『ミシェル・フーコー思考集成 II 1964-1967 文学・言語・エピステモロジー』筑摩書房、1999年、所収)


  「フーコーが問うのは、歴史そのものや歴史の本質なのではなく、敢えて言うなら、むしろ歴史を<語る>ことの条件である」と整理した部分に関して、フーコー自身の文章から、裏づけと補足をしておきたい。

   インタビュー「歴史の書き方について」(Les Lettres francaises, 1967.6.15-21号)の中でフーコーは、『言葉と物』におけるエピステーメーの分析にとって、「歴史」を語ること、ないし歴史学の意味について次のように語っている。

   「たしかに、わたしの調査にとって、歴史学は特権的な位置を占めています。わたしたちの文化においては、少なくともここ数世紀以来、言説が歴史という様態でたがいに連鎖しているからです。つまり、わたしたちは、言われてきたものたちを、過去からやってきたものとして受け入れています。その過去において、そうしたものたちは互いに契機、対立、影響、代替、産出、そして堆積し合ってきたのです」(p. 447)。

   「わたしたちの文化においては」、あるいは「少なくともここ数世紀以来」という限定をしっかりと受けとめておかなければならない。ここでは、「歴史」という把握の様式そのものが、ある特定の思考形態に対してのみ通用するアプローチとみなされることで、安易に歴史の場を絶対化するような態度が牽制されている。歴史という「地盤」のようなものがここで想定されてはならない。『言葉と物』でフーコーが語ろうとしているのは、同一実体・同一領域の推移や変化ではなく、時代ごとのわれわれの言説の歴然たる相違や断絶だからである。『言葉と物』は、あらゆる時代を貫いてゆったりと流れている「歴史」という大河を想定した上で、その流れの中で目に立つ湾曲や分岐点を指摘しようとしているわけではない。そもそも歴史とは大河としてイメージできるような滔々たる流れでもなければ、何らかの実質を持ったものでもない。敢えて言うなら、断絶によって示される関係の総体なのである。

   そのため、『言葉と物』は、全体性の場としての歴史の失効を宣言し、歴史がけっして「救済」の舞台ではないことを、冷酷なほど醒めた態度で叙述しているのである。インタビューの中で、『言葉と物』の出版を振りかえりながら、フーコー自身の分析の態度が、全体性としての歴史、あるいは歴史の「聖別化」という従来の思考に対する反逆になるということを語っている。現代においては、マルクス主義を筆頭に、「個人の企てでありながら全体性でもある、この歴史は、不可侵なものとみなされるようにさえなった」(p. 431)ため、歴史は理性の代替物としての役割をすら果たすようになっていたからである。歴史全体を貫く法則などというものを承認しないどころか、歴史のいかなる実体化をも許さない点で、『言葉と物』の反歴史主義は徹底している。

   先ほどの引用に、「わたしたちの文化においては」、および「少なくともここ数世紀以来」という限定は、歴史の実体化を斥ける役割をもつ一方で、『言葉と物』という著作それ自体の位置づけをも規定している。つまり、『言葉と物』という著作自体が、いつの時代にも書かれうるようなものではなく、あくまでも20世紀半ばのヨーロッパ的文化の中でのみ可能になったものとみなされているのである。要するに、「歴史」という次元でそれぞれのエピステーメーを語ることができるのも、ある時代の学知に固有のことなのだ。

   これは、『言葉と物』の分析結果が、『言葉と物』そのものにも関わってくるという、ある種のメタレベルの問題である。『言葉と物』の分析が徹底したものであるためには、『言葉と物』の中で分析を行っているその思考形態そのものが、いかにして成立したかということを含めて語られているものとみなければならない。『言葉と物』の分析に従えば、その当の分析自体が、古典主義、19世紀のエピステーメーを経て、現代において初めて可能になるものだと言えるだろう。歴史という見方そのものが、時代的・歴史的な制約を受けているのである。

  「この〔『言葉と物』の分析を成り立たせている〕知の布置は、こんにち、わたしたちに、歴史をじっさいに述べられた言表の総体として扱うことをゆるし、記述の対象にして関係性の総体としての言語体系(ラング)を、解釈の対象とされる諸言説や諸言表との関係において扱うことを可能にしているものなのです。文法と、博物誌と、政治経済学とを対象として扱う、こうした諸テクストの総体の出現を可能にしているのは、わたしたちの時代、そしてわたしたちの時代のみであるのです」(p. 439)。


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