口舌の徒のために

licentiam des linguae, quum verum petas.(Publius Syrus)
真理を求めるときには、舌を自由にせよ

(過去ログ)

 


No.933

『明治人の教養
投稿者---prospero(管理者)(2003/01/30 21:11:52)


最近の軽い新書の例に漏れず、簡単なものではありますが、竹田篤司『明治人の教養』(文春新書)は読み物としてそれなりに面白いものでした。著者には『物語<京都学派>』(中公叢書)があり、これも「物語」として、人間関係の細部に入り込んだ興味深いものでしたが、今回の『明治人の教養』はある面で、その姉妹篇とも言える側面を持っています(「蒐書記」では、「新書」は意識的に省いているので、ちょっとこちらでご紹介)

「さまざまの傾向を異にする書物を読み、その相互影響の間に己れを育てるといふことが、日本語の教養といふ概念といつてよい」という唐木順三の教養観などと通底する感覚を元に、人間関係のディテールを織り込みながら、明治の知識人の肖像を描いていて面白いものがあります。明治の知識人の読書の幅を伺わせるものとして、『チャタレイ夫人の恋人』を読む西田幾多郎を紹介し、人間のスケールという点で、林達夫を始め、一級の知識人を輩出することになった京都一中の校長森外三郎、京都帝大学長狩野享吉などを追っています。

「現代では、大学も大学教授も、概して教養とは無縁」だとして、「少なくともそう公言して叱られる心配はない」と念を押してくれる辺りはこぎみよいところがあります。著者が強調するのは、やはり「専門家」と「教養人」との対比です。その点はやはりいささか大時代の感をぬぐえないので、私なら、「専門家」と「アマチュア」と言ってみたいところではありますが、いわんとするところにそれほどの違いはありません。

面白いエピソードには事欠かないのですが、一つご紹介を。海外への留学経験がなかった今西錦司について梅棹忠夫が語った言葉です。「ヨーロッパへ行った人、アメリカへ行った人は、自分をマルクスやらダーウィンに匹敵することは思いもよらんと思うな。今西さんにおいて始めてこれが可能になった。それはヨーロッパに行っとらんから。……ところが、そこへ行って学んできた人はあかんのや、それが言えんようになって帰ってくる。〔留学経験のない〕われわれには、知らん者の強味みたいなものがあってな」。一理あるような気がします。知り合いの留学経験者のなかには、不思議なコンプレックスを抱いて帰って来たり、逆にそこから偏狭な独立独歩を装う偏屈者へ走ったりといったケースを見かけますから。留学は、専門家を作るが、教養人を作らないといったところでしょうか。

ちなみに、この『明治人の教養』は、新書の制約から、本文中には引用の文章の出典表記がありませんが、巻末に参考文献がまとめられており、これはファーザー・リーディングの指示をしています。

No.934

哲学研究と留学
投稿者---ねあにあす(2003/01/31 23:52:13)


>知り合いの留学経験者のなかには、不思議なコンプレックスを抱いて帰って来たり、逆にそこから偏狭な独立独歩を装う偏屈者へ走ったりといったケースを見かけますから。留学は、専門家を作るが、教養人を作らないといったところでしょうか。
>


話題がずれるかもしれませんが、
(現代の)日本の哲学研究者にとっての「留学」の意味を考えることがあります。
私などの素人の目から見ると、留学経験のある研究者とずっと日本でやってきた研究者とを比べると、(意外にも?)後者の書いた論文のほうが“専門的”な印象を受けます。きっちり、もとのテクストの意味を歪めないように、“保守的に”、書かれていると言ってもいいかもしれません。一方、留学経験のある研究者の論文は、“自由な”印象を受けます。(日本では)「間違い」との判を押されてしまうのではと恐れるほど「自由」に見えることもあります。

前者の論文が「保守的」なことと、日本語で書かれた論文は日本人しか読まない(欧文で書かれた論文は、日本人も西洋人も読む)という事情が関係しているのではなどと想像したりします。日本語で書いても西洋人の批判にさらされないのだから、あまり“独創的な”ことは書かないでおいたほうが無難だ、評価も容易だ、と。

また私のみるかぎりでは、「留学」(学位取得したとしても)したからといって、日本の哲学業界では、それほど評価を受けない面があるような気がします。それは、単なる嫉妬とかでは決してなくて、むしろ、ある意味、「留学」とはそれほど「コンプレックス」を抱くほど立派なものでもないことが、わかっているからでもないでしょうか。(一応私は留学経験者です。)



No.935

思想の輸入業者
投稿者---prospero(管理者)(2003/02/01 21:57:08)


>留学経験のある研究者とずっと日本でやってきた研究者とを比べると、(意外にも?)後者の書いた論文のほうが“専門的”な印象を受けます。きっちり、もとのテクストの意味を歪めないように、“保守的に”、書かれていると言ってもいいかもしれません。一方、留学経験のある研究者の論文は、“自由な”印象を受けます。

すべてではないまでも、私もそうしたことを感じるところはあります。留学をして現地の様子を見知った人たちは、どうしても現在進行形の問題を追いかけることになるというのがその要因だと思います。そういう人たちは、現在ドイツなりフランスなりで流行している議論をそのまま紹介するような傾向が強いので、哲学の問題を、いってみれば「時事問題」にしてしまうようなところがあるのではないでしょうか。それに対して、留学と関係なくテクストに向き合っている人たちは、流行とはある点で無縁のところで問題を考えるようになるのではないでしょうか。

明治人の教養』では、上記の梅棹氏の言葉として、次のようなものも紹介されています。「今西さん以外の人は全部ヨーロッパあるいはアメリカ留学組なんです。……自分で体で学んできた学問なんですね。……今西さんは全くその経験がないから、今西さんにきて初めて、この系統の学問が理論で入ってくる。つまり、理論というか、論理として入ってくる。……だからある意味で僕は日本文明の成熟だという評価をしているんだけどね。つまり、留学をしないで、真正面で対決をした。その前の人は全部輸入業者なんですよ。今西さんはちがう」。

これは、「理論」や「論理」として学問を知るためには、留学して現場を知っていることはかならずしも有利には働かないということだと思います。(ヨーロッパ・アメリカの)誰々がこんなことを言っていたとか、有名人と百年の知己のようなことを話の端々に挟むのは、留学組によく見られる光景ではありますが、やはりそのようなことは本質的ではありませんから。むしろ、なまじ少しばかり知っていることで足を引っ張られるということもあると思います。

「体で」体得してくるという実体験重視は、こと思想の問題に関しては、当てはまりにくいようです。思想の「現実」は、そういうこととは違ったところにあるのでしょうから。

No.936

Re:『明治人の教養
投稿者---森 洋介(2003/02/04 17:37:59)
http://profiles.yahoo.co.jp/livresque


 竹田篤司『明治人の教養』(文春新書)、私も讀みました。
 確かに讀み物としては面白く讀めたのですが、讀み進んで最終章に至って著者が自身の「教養」觀を打ち出すところで讀後感臺無し。點數をつけるなら最終章でマイナス無限大、それまでの得點も帳消しです。教養主義ってどうしてかうも(その前身たる)修養主義から脱し切れないのでせうね。人格の完成なんざと關はらせるお説教臭さとは別の所に「教養」の魅力はあるはずなのに。
 文句はそれ位にして、面白かった所を擧げれば、例へば西田幾多郎と狩野直喜の對比。私は斷然、フィロソフィーの幾多郎ではなくフィロロジーの君山先生に與します(京都學派には興味あるのですが、どうも西田哲學一派には食指が動きません)。幾多郎センセイ、汗掻いてまで思索する暇があったら讀めばよいのに。「讀書とは、他人にものを考へてもらふことである」とは讀書人を非難したショーペンハウエルの臺詞ですが、なんの自力の思索なぞ知れたもの、自分だけで考へ込んでモノローグに耽るよりは「巨人の肩の上に乘る」方がいっそ爽快です。下手の考へ休むに似たり、思ヒテ學バザレバ則チ殆フシ。
 ことは哲學のみならず文學研究にしても同樣、西田對狩野のくだりを讀んで私は、A・E・ハウスマンを想起しました。詩人としてではなく、古典學者としてのハウスマン。南條竹則や柳沼重剛(『西洋古典こぼればなし』)の傳へるその嚴格といふよりは殆ど滑稽なまでに偏狹なる學風に、却って惹かれるものを感じます。教養といふものが養成する「人格」が、決してご立派なものばかりではなくああいふ奇人變人式人格(キャラクター)でもあるといふこと、ここが肝要と存じます。「偉大なる暗闇」こと岩元禎また然り。あれも困った人ですよね(高橋英夫『偉大なる暗闇』參照)

No.937

Re:『明治人の教養
投稿者---prospero(管理者)(2003/02/05 22:39:58)


> 教養主義ってどうしてかうも(その前身たる)修養主義から脱し切れないのでせうね。人格の完成なんざと關はらせるお説教臭さとは別の所に「教養」の魅力はあるはずなのに。

本書でも、ケーベルの章あたりで、「<教養>はいわば<教養主義>に宿を借りていたにすぎない。安普請のその宿が脆くも壊れて素裸のまま放り出された。<教養>は主義の中にではなく、教養自身の裡に宿らなければならない」(137頁)と言われた辺りで、ちょっと期待したのですが、その方向はすぐに「人格」というところに向ってしまい、いささかがっかりしたのは確かです。それなので、私としては、「教養人」ではなく、「アマチュア」などと言ってみたわけですが。この「アマチュア」という言葉は、サイードの『知識人とは何か』(平凡社ライブラリー)なども念頭にあったのですが、これについても森さんは、いつぞや飽き足らない思いを語っておいででしたよね。その辺りの感覚なども、お聞かせいただければと思いますが。

>幾多郎センセイ、汗掻いてまで思索する暇があったら讀めばよいのに。

思わずにやりとしました。森さんならそう仰るでしょう。だいたいが、読書人を非難する有名な言葉を残したくだんのショーペンハウアー自身が稀代の読書家だったというのは、何という意味ある逆説でしょう。ただ私としては、ご多分に漏れず、これまで思索家(それに禅仏教)としての西田というイメージが強く、心情的には少々敬遠しがちなところもありましたので、本書が伝える西田での読書ぶりは、そうしたイメージを多少なりとも是正してくれたような思いです。今現在、「自分の頭で考える」と称して、愚にもつかない駄文を書き散らしている方々などと比べると、「読書」という方面ですら、西田先生はそうとうに抜きん出ているような気もします。以前、私が遺稿のノートの編纂に関わっている旨をこちらでも書かせていただいた思想家というのは、実はこの西田です(すでに書肆が企画を開始しています)。作業にも少し張り合いが出そうです。

まあ、いずれにしても、ここで紹介されている「明治人」に比べると、やはり現代の人々が小振りになっている印象は否めません。その小人にできることといえば、やはり「巨人の方に乗る」ということになりましょうか。



No.938

Re:『明治人の教養
投稿者---翠蓮(2003/02/06 02:44:02)


確かに「教養」概念が「人格」へと方向付けられてしまうのはチョッとな、という感じがしますが、逆に言うと「人格」概念の方が教養主義の色に染まっているという面があるのでしょうか。

私が「教養」というとイメージするのは、水田洋『アダム・スミス』で知った次のエピソードです。
ある日、老スミスがある政治家の邸に招かれ、少し遅れて到着すると一同起立して彼を迎えた。スミスが「みなさんどうぞご着席を」と言うと、ピット首相が「いいえ、われわれはみな、あなたの弟子ですから」と答えた。
念の為言っておくと、私は別に「礼儀」などと言っているのではありません。

私がスミスのこのエピソードに惹かれるのは、吉田健一の人間観の影響(などと言うと大それたことですが)があるのかも知れません。吉田の著作や特に文章には好き嫌いが分かれるでしょうが、私は彼のものを読むと「教養」は愉しく、そして美しいと感じます。

No.939

エピソード
投稿者---prospero(管理者)(2003/02/06 19:13:26)


エピソードといえば、歴史家のモムゼンだったかにこんな話がありました。その講義では、古代ローマの話を滔々と弁じ立て、まるでその時代に暮らしていたかのように、街の隅々、通りの一本一本のことを鮮やかに描き出していたそうです。しかしその講義が終わると、かならず一人のお使いのものが教授を迎えに来ていました。何と、古代ローマのすべてに通じていたモムゼンは、自分の暮らしているベルリンの街のことにまったく不案内で、一人では自宅にすら帰れなかったとか!

「教養」が「人格」を育ててくれても一向に構わないのですが、その「人格」は、やはり円満具足な調和の取れたものなどではなく、こうした度はずれて魁偉で異様なものであって欲しいと思います。教養に「陶冶」される人格は、「偉大なる暗闇」とけっして矛盾しないのですよね。「教養」は「愉しく、そして美しい」だけでなく、同時に「得体の知れないもの」だったりもするようです。

No.941

Re:エピソード
投稿者---翠蓮(2003/02/07 07:21:22)


>「教養」が「人格」を育ててくれても一向に構わないのですが、その「人格」は、やはり円満具足な調和の取れたものなどではなく、こうした度はずれて魁偉で異様なものであって欲しいと思います。教養に「陶冶」される人格は、「偉大なる暗闇」とけっして矛盾しないのですよね。「教養」は「愉しく、そして美しい」だけでなく、同時に「得体の知れないもの」だったりもするようです。

仰る通りだと思います。個人的な感覚としては「愉しいもの」は「得体のしれないもの」だったり、バロック的(?)ないびつなもの、過剰なもの、二律背反的なものだったりします。
ただ、生のとる形と言おうかスタイルと言うか形姿というものがあって、そうしたものに対する感覚、鋭敏さが教養というものに含まれるように思ったのです。


No.945

益體もない知識
投稿者---森 洋介(2003/02/28 02:02:42)
http://profiles.yahoo.co.jp/livresque


 間の空いた應答をば。
>ご多分に漏れず、これまで思索家(それに禅仏教)としての西田というイメージが強く、

 御同樣です。おっしゃる通り、『チャタレイ夫人の戀人』を讀む西田幾多郎といふのは意表に出て新鮮ではあります。西田といふと、谷崎潤一郎の「春琴抄」だかを讀んで「人生如何に生くべきかが書かれてゐない」と不滿を告げたといふ插話(これは慥か戰後桑原武夫が傳へた)が、印象に殘ってゐるものですから。
 教養のことに話を戻すと、教養主義論の古典とされるものに唐木順三「現代史への試み」(筑摩叢書同名書所收)がありました。唐木は教養主義が前代の修養主義と違って身體的實踐を伴はなくなったと難じてゐます。その名文句に曰く、教養主義は「あれもこれも」だ、と。言ふ迄もなくこれは、キェルケゴールの所謂「あれかこれか」ではない、といふ批判です。これは戰後昭和二十年代の實存主義的思潮を背景に吐かれた科白でせう。ところで私は實存主義が嫌ひです。つまりそれは「人生如何に生くべきか」のテツガクだからです。
 さうとも實存主義者ども(?)には判るまいが、教養主義の最良の魅力は「あれもこれも」にあるのだ――と言ひたい。換言すれば、無益で實にもならない知的好奇心の横溢、です。なるほど現實の短い人生と我身の菲才では到底あれもこれもを攝ることはならず、あれかこれかを選擇し決斷せねばなりますまい。が、さうした羈絆を離れてあれもこれもを知り盡したといふファウスト然とした錯覺を感じる瞬間といふのもあるのであって、そんなのは幻想であることは百も承知で、しかしそれは何と覺めても甘美な夢であることか。その夢想が教養主義的欲望を驅り立てるのです(要は、積ん讀になるかもと思ってゐても本を買はずにゃゐられない、と)。
 で、誘導されたサイードの『知識人とは何か』に就ての話題に絡めると、もう内容は殆ど忘れてしまひましたが、以前も申しました通り、某學生の「なんかサルトルみたいですね」といふ不滿に同感したことだけは記憶してゐます。サルトル=實存主義者といふことで。實存主義が時間の哲學で垂直な時間軸上のあれかこれかの選擇を迫るものだとしたら、他方構造主義は水平な共時論的な併存に照準する所が教養主義に近く、それゆゑ私には好ましく思はれるのかもしれません。
 だいたいサイードはディアスポラだとか何だとか言ふけれど、邯鄲之歩の故事もあります。まだ高等遊民とでも言った方が氣が利いてゐる。それに、あの散々批判を浴びたマンハイムの「自由浮動的インテリゲンチャ」といふ概念とどれだけ逕庭があるといふのでせう。しかし自由浮動的知識人とはまた時にルンペン・インテリのことに非ずや。即ち、啓蒙や前衞を託すべき指導層の謂ではなく知的無産者、役にも立たない知識ばかりを蓄へて現實には何の力もないブヴァールとペキュシェ達。或いは、當今オタクと稱される者たち。
 もともと教養主義の「あれもこれも」は、價値相對主義をも孕んでをり、いづれ高尚な文化だけでなくサブカルチャーにも及ぶべきものなのです。オタクは教養主義者の後裔です。それを教養の失墜と慨いて『教養が、国をつくる。』のE・D・ハーシュみたいに取り澄した教養リストを手に復權しようといふのは逆コースで、さういふリスト作りが教養人の淺薄視するカタログ文化と同根であることにこそ気づかねばなりません。「世界の名著」と「このミステリーがすごい!」の通底。またさうでなくては、選書リストにも面白味が出て來ないでせうに。
 纏まりの無いことを書きつけました。教養主義論や知識人論といふのは常に關心を持ちながらも常に失望させられるものではあり、我ながらいささか鬱積したものがあるやうです。

No.946

博物学としての教養
投稿者---prospero(管理者)(2003/03/01 00:34:33)


仰られる感覚は実によくわかります。

知識というものは、圧倒的な累積を重ねるとそれ自体として変質を始めるようなところがあるように感じている私としては、教養主義は「あれもこれも」なのだと言い切ってしまう感性がとても好ましく思えます。「あれもこれも」の教養主義がよろしくないのは、それが「権威」に頼った既存の枠組みの中で動いている場合なのであって、「なんでもかんでも」が逆に従来の枠組みに収まり切らなくなるのなら、それこそが本物の「教養主義」であるような気がします。

私は、Beginnings(邦訳『始まりの現象』〔法政大学出版局)、『音楽のエラボレーション』(みすず書房)の魅力のお陰で、サイードには大分甘くなっています。亡命生活のアウエルバッハにからめて、サン=ヴィクトルのフーゴーの『ディダスカリコン』の言葉を引いた彼の感覚をよしとするからでもあります。しかし、本当のところ、『知識人とは何か』(平凡社ライブラリー)の全体的な基調は、そこで主張されている「アマチュア」の感覚とは撞着しているような印象ももっていました。だいたいが、「アマチュア」の感性は、「知識人とは何か」というような大上段に振りかぶった問いかけとは異質なものでしょう。真のアマチュアたるブヴァールとペキュシェなら、「本質」をいきなり問うような「形而上学的」思考をしている暇があったら、事典の一頁、カタログの一冊でも読んでいることでしょう。現今のいわゆる「知識人論」で、「ディアスポラ」やら「フラヌール」を言いたてる論が妙に白々しく響くのは、その主張が何のリスクも負っていないところにありはしないかとも感じています。知性の徘徊者特有のいかがわしい匂いのしない小奇麗な「知識人」は、ファウスト的愉悦(それが幻想であっても)からは限りなく遠いものでしょう。

その意味では、「オタク」文化が「教養主義」の末裔というのは、そのいかがわしさも含めて賛同できる部分があります。しかし、「ハイ・カルチャー」と「サブカルチャー」の境界をずらしてしまうものを本来の「教養主義」と考えるなら、いわゆる「オタク」文化は、「ハイ・カルチャー」から後退することで、「サブカルチャー」の囲い込みをやっているようなところがなきにしもあらず。例えば、話題になった東浩紀『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)でも、従来の教養=大きな物語=モダン、オタク文化=小さな物語の消費=ポスト・モダンというような図式の中を動いていて、この両者の二元論を崩す視点が希薄なような気がします。むしろ「ハイ・カルチャー」を「サブカルチャー」のように消費していくところに、「教養主義」の醍醐味があるというふうに考えたらどうかというのが、私などの感想です。聖と俗、美と醜、学と趣味が同列に居並ぶ「博物学としての教養」といったところでしょうか。

実存主義嫌いは私も同様で、これについても少々書きたいことがありますが、それはまた次の機会に。

No.948

芋蔓漫語
投稿者---森 洋介(2003/03/01 17:46:38)
http://profiles.yahoo.co.jp/livresque


 これは留意すべき所ですね。
>いわゆる「オタク」文化は、「ハイ・カルチャー」から後退することで、「サブカルチャー」の囲い込みをやっているようなところがなきにしもあらず。

 イヤハヤ無いどころか。ありすぎるくらゐです。元ネタを知らずして無自覺にパロディーに興じてゐる者の何と多いこと。しかしハイ・カルチャーを手放してサブカルだけに跼蹐することは、「あれもこれも」の原理に悖る所業であります。むろん、逆も亦然り。狹き圍ひ込みはそこここに見られます。 

私は今もってふつうの文学読者の知的関心のひろがりかたがよくわからない。たとえば、三島由紀夫の読者というのは日本に何十万人といるに違いない。ところが、彼らは、三島がくり返し、くり返し引用するコクトーにもヴィリエ・ド・リラダンにも何の関心も示さないらしい。[……]しかも、この国の読者は作品よりも作家そのものに強い関心を持っているというのだ。
森田暁「翻訳紹介と読者」(『世界幻想文学大系33 十九世紀フランス幻想短篇集』「月報39」)

 續けて森田氏は「幻想文学の読者はそういった意識的な無関心とは無縁であろうことを確信する」と持ち上げます。……さうでせうか。幻想文學讀者といってもそんな芋蔓式探求心がどれだけあるものか、怪しいものです。
 その〈世界幻想文學大系〉の責任編輯者だった紀田順一郎氏は、'70年代のミステリやSFのブームを前に「失われた“異端者の栄光”」を慨きました。「サブカルの中に育ち、サブカルを足がかりにして生活(たつき)の道に入った者として、あまりこういうことは申しあげたくないのですが、私が若いころのサブカルと現在のそれとは根本的に異質なものがある」と苦言を呈します。曰く「それはマイナーカルチャーとマスカルチャーのちがいです」「「読者」から「消費者」へ」「「知」のアナーキー」……云々(『読書戦争』三一新書、1978)
 それぁ擴散と變質はあったでせうとも。ですが紀田氏の如く高踏的態度で難じてみせても始まらない氣がします。筒井清忠氏らによっても明らかにされた通り、戰前の教養主義からして劃然たるエリート文化といふよりは大衆文化と地續きだったのですから(その筒井氏も新教養論をぶち出したには失望させられましたが)。異端者の榮光といふものがあるにせよ、それを誇らかに語ってしまふのはいかがなものか。

>むしろ「ハイ・カルチャー」を「サブカルチャー」のように消費していくところに、「教養主義」の醍醐味がある

 これ全く我が意を得たり、です。逆に、サブカルチャーをハイ・カルチャーのやうに調査研究してみることの愉快さもあります。カルチュアル・スタディーズといふものが出て來た時にもそれを期待したのですが、その邊の機微を察せぬ糞眞面目な學者ばかりでイヤになってしまひました。それといふのも教養主義の惡しき面がなほ色濃く殘るがゆゑではありませんか。
 だから、「あれもこれも」は教養主義に内包された原理ではありましたが、それを徹底してゆくともはや「教養主義」を脱した別物と化してゐると見た方がよいのかもしれません。それを何と呼べばよいのか、妙案はありませんけれど。


No.949

悦ばしき知識
投稿者---prospero(管理者)(2003/03/03 01:42:54)


>三島由紀夫の読者というのは日本に何十万人といるに違いない。ところが、彼らは、三島がくり返し、くり返し引用するコクトーにもヴィリエ・ド・リラダンにも何の関心も示さないらしい。

これに類することで私などが思い浮かべるのは、三島とも近しかった澁澤龍彦です。どうも澁澤ファンというものは、澁澤の文章を正典のように崇敬して、そこで触れられている対象に関しても、「澁澤が言及しているから」というその限りで関心をもつかのようなところがあるようです。あれほど次から次へと水平に知識を広げていった人に対する接し方としては、これはあまり良い作法ではないと思うのです。本来なら、澁澤が触れている対象をまた一つのジャンクションとして、今度はそこから出発して横へ横へと知識を広げていくのが、本来の澁澤的知性に相応しいはずなのですが。

「芋蔓式探求心」とは言い得て妙、まさしく水平に広がってとどまるところを知らない知識の連鎖反応の謂いでしょう。確かにこれを、乙に済ました「教養」の名で呼ぶのは憚られるところです。道楽と言っても、数奇と言っても良いかもしれませんが、いずれにせよ、それは一つの中心に収斂したり、権威を強化することとは無縁のものでしょう。ここで考えたい「教養」は、特定の階層を上昇するための指標になるようなものではまったくないわけで、それどころかそれは、「中心」と思いなされていたところを次々と相対化していくようなものではないかと思います。玩物喪志と見えようとも、横目で「オタク」の陥穽を見やりながら、かといって安易に実存主義的な垂直軸に頼り切らずに、la gaya scienzaに徹すること ―― そんなものを平気で「教養」と呼ぶような感覚が広がってほしいものです。


No.955

「実存主義とは何か」
投稿者---prospero(管理者)(2003/03/06 12:48:51)


「実存主義嫌い」ということで一言書きたいと言いながら、そのままになっていましたので、遅れ馳せながら。

いわゆる「実存主義」が「決断」や「参加」を声高に呼びかけるその口吻には、どうにも辟易させられるところがあります。その類のものは、あくまでも「主義」や「思想」にとどまるのであって、「哲学」の名に値するものではないでしょう。道学者ヤスパース先生や説教家サルトル御大など、実存主義のご本尊たちは「心打つ」思想の持ち主かもしれませんが、その押しつけがましさが如何ともしがたい。そういえば、まったく別の文脈ですが、最近宮元啓一『インド哲学七つの難問』(講談社選書メチエ)〔これも入門書なのに、残念ながら文献表がない〕を読んでいたら、その序文で「思想」と「哲学」を区別して、「<心打つ哲学>などというのは、これまた語義矛盾なのである。人の心を打つようでは、哲学とはとうていいえないのである」などとあり、ちょっと笑いました。

それに引き換え、普通には「実存主義」の魁とされるキェルケゴールやニーチェなどは、だいぶ事情が違うような気もします。そもそも『あれかこれか』という著作でさえ、引出しから見つかった他人の原稿の著作を取っていたり、「誘惑者の日記」を含む複数の文書が入れ子状になっていたりといった具合に、それこそ「あれもこれも」の体裁を取っていますから。ご本人も、複数の偽名を使い、周囲の人間には著者がキェルケゴールだということが分かり切っていても、なおも偽名・変名をやめなかった天晴れな感性をもっていたわけで、およそどれか一つに「決断」するといった感覚から限りなく、逃れていこうという素振りさえ見えるようです。「仮面」を愛したニーチェも同様でしょう。

「実存主義とは何か」を大上段に掲げ、それが「ヒューマニズムである」と言って何ら恥じることのなかったどなたかとは違い、「哲学とは何か」と問いながら、その「〜とは何か」こそが「哲学=形而上学」の正体なのであり、「解体」されるべき運命にあるものなのだと喝破したハイデガーは、その屈折ぶりも含めて、やはりただものではありませんね。

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